うーじのそろそろ本気になるかブログ

そろそろ本気になって何者かになろうとする日々を綴ったブログ

エバンゲリオンをとうとう見てしまった。

知人の勧めでNetflixで一気にエバンゲリオンをみた。今ちょうど最終話を観終わった。知人の話では、最後が訳がわからないという話だった。

 

今更、超後発組の自分がエバンゲリオンのストーリーを説明する必要もつもりもない。

 

多分、すでに多くの人がエバンゲリオンについて語っていて、多くのブログなんかでも色々な意見や見解が述べられているんだと思う。

 

以下はちょっと1回通して見ただけの人間がなんとなく感じたことを書いているだけなので、多いに的外れなことも書いていると思うのだが、ご容赦いただきたい。

 

人類補完計画

最初この言葉を耳にした時、ノアの箱舟的な物をイメージした。何か起きた時のために。もちろん、単純に人を選別して別の場所に移管して保管するというよりは、選別すべき種類の人類のコピーを別で作って、他の場所で生かし、何かあった時にそちらの社会の人類を正として動かす的なイメージを持っていた。

 

ただ、内容は、人の心の穴というか隙間を保管し合うような説明に受け取れた。実際の真意はわからないけれど、みんなで補完しあえば安心というように。

 

人は、絶対に一人では生きられないと思う。だから、助け合い生きていく。国レベルや会社レベル、個人レベルで色々な階層で戦いがあると思う。相手を憎んだりすることもあると思うが、多分結果として相手が必要なことには変わらないと思う。憎んだり、けんかするのは結果論で、愛するという点も含めて感情をぶつけられる物がいないと多分、成り立たないのだと思う。

 

真実や事実は一つはない

ビジネス的な話をすると、真実や事実は基本一つしかなくて、その事実(ファクト)をしっかり把握して、次に進めていくことが重要としている。でも、同じ状況でも、その状況の受け止め方は人によって変化するし、同じものはない。

 

もちろん、暑い夏の日に「暑い」というのは、一般的なことで、同じ状況として受け止めているケースが多いと思う。でもその同じ暑さでも、直前に悲劇があった人や、暑い夏の日に強い思い出がある人、体調の悪い人、とっても嬉しいことがあった人によって、感じ方は異なるのだと思う。結局人それぞれのフィルターがあって、そのフィルターを通した物がそれぞれの真実であって、フィルターが異なる以上、捉え方は絶対に変わってしまう。

 

自分の存在やその価値について

この内容に結論や正解はないのだと思う。もしかしたら、考える意味もないのかもしれない。自分が何か価値や意味があるべきと考えること自体がもしかしたら正しくないのかもしれない。

 

命という点で考えると、一回の射精で発生する精子は億の数にもなり、でも卵子にたどり着けるのは基本1個。ただ、これは卵子にたどり着けるタイミングで発生したものだけの話で、実際には何十倍、何百倍分の1、いやもっととんでもない数分の1の可能性で受精して実際に我々は生まれてくる。じゃ、受精に成功した精子以外の精子君たちは、意味がなかったのか?

 

人間以外の生き物で考えてみると、人間の目線でみる限り、カブトムシはカブトムシだし、佐藤さんでも、青木さんでもない。特に区別がつかない。それぞれがそれぞれの生き物なりの生き方をして死んでいく。

 

人はどうなんだろう?他の生き物からすると、結局人間でしかないのかもしれまない。

 

いろんな分野で成功している人はいるけれど、それは素晴らしいことなのだろうか?成功していない人や特別目立たない人は素晴らしくないのだろうか?そもそも成功ってなんなのだろう。

 

今この21世紀、色々なテクノロジーが進歩して便利になったけれど、それは本当にすばらしいことなんだろうか?もしかしたら、すごい技術を作ったせいで、駄目になっていることもたくさんあるではないだろうか?もしそうなったら、一般的に成功している人は良い人なんだろうか?もしかしたら、何も大きな影響を与えていない方が、良い人なのではないだろうか?

 

結局、どのフィルターを通してみるかで良いも悪いも変わってしまうのでないだろうか?

 

エバンゲリオンから思うこと

一度通して見ただけでは、なかなか理解が難しい。

 

個人的に思うのは、上記のテクノロジーの話にも繋がることだが、一部のエリート勢が、正しいと思ったことを進めていくことで、実は正しくない方向にいき、結果もしかしたら、神に対して人は挑んでいるのかもしれない。 使徒は、進みすぎた人類に対する神の雷なのかもしれない。

 

おしまい